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大学中退から建築士になるまでの道 大学中退〜社会人編

こんにちは、ワンワンです。

ワンワンは今は1級建築士となり設計の仕事をしていますが、元々は建築とは関係のない大学に行って、そして仕事も建築とは関係のない工場で勤めていました。

ちなみに工場は正社員ではなく契約社員でした。その後、建築専門学校に行き1級建築士取得まで行けました。今では東証1部上場の本社勤務をしています。

ワンワンは建築系の大学、大学卒業して設計事務所、セネコンなどの王道の道のコースではありませんし、どちらかというと落ちこぼれルートを通ってきました。

ワンワン
ワンワン
大学中退の落ちこぼれでも頑張って前を進めば建築士になれたました。諦めないことが大事。

そんなお話を書いていきます。この話の内容を読んで、少しでも私ならやれるんだという気持ちを持ってもらえたら嬉しいです。

大学中退した理由について

ワンワンが行っていた大学の学部は文学部でした。建築とは全く関係がなく、歴史関係を学ぶ学科に入りました。

入学当時はやる気と希望がありましたが、勉強をしていくと興味が持てなくて授業は適当にやっていました。元々理系ということもあるのですが。それで授業よりサークルの方に集中していました。

サークルは福祉関係のサークルで、障害者のお手伝いをしたり、知的障害者施設に行って、障害者の方と触れ合ったりしました。そういう福祉系の行事以外に、学祭や飲み会、旅行などの行事を楽しんでいました。

学生の本分は全くダメでしたが、学生生活は楽しく充実したものでした。ただその楽しい生活は期限があって、大学4年の7月頃にはサークルもほとんど後輩に任せて、あまりサークルの方へ行かなくなりました。あとはバイトだけって感じでした。

サークルが無くなると、大学生活の充実さを感じなくなり大学へ行かなくなりました。いちよ単位はしっかりと取っていたのですが、卒業論文が嫌で嫌で行かなかったです。

そしてそのまま卒業論文提出期限が過ぎて、大学4年の1月に卒業ができないことが確定しました。で今思えば卒業論文を適当に書いて出しとけば良かったと思いますが、その時はやる気が無くて、卒業論文を出す気さえなかったです。

両親からはもう1年留年して、卒業した方が良いと言われました。実は単位が120単位取っていて、卒業論文だけというのもあったと思います。親心ですよね。

それを見事に拒絶して大学中退の道を選びました。ワンワンの心の中では、大学行ってもしょうがないという気持ちが大きかったです。

もう一つは就職活動がうまくいかず、1社も内定が取れなかったというのも理由としてありました。ギリギリ就職氷河期の終わりの時期で全くうまくいかなかったです。

1社だけ最終面接まで行ったのですが、見事に落ちました。ワンワンの豆腐メンタルが崩壊した瞬間でしたね。それからは就職活動をしませんでした。まあダメ人間でしたね。

大学行っても楽しくない、就職は失敗したという2つの理由があって、大学を中退しました。中退は案外簡単にできましたね。書類を出すだけで終わりました。

ワンワンの友達の兄弟がその中退した大学の職員で働いていて、たまたまその中退書類を見たらしく、その理由が面白かったとのことです。本人がどんな理由を書いたかは覚えていませんが。。。

全ての原因はワンワンの豆腐メンタルなんですけどね。

大学中退後の仕事探し

大学4年の1月には大学中退が決まり、2月にはハローワークに行って仕事を探しました。

ハローワークに行ったことのある人はわかると思いますが、こんなにも多くの人が仕事を探しているのかと驚きました。景気もすごく悪い時だったので尚更に感じました。

最初は本当に仕事が見つかるかなあと思いながら、仕事を探しました。仕事の探し方はハローワークの人が親切に教えてくれたので良かったです。基本的にはパソコンで探して、応募したい求人を見つけたら、ハローワークの人に相談する形です。

そこで数社、工場系の仕事を候補として見つけました。これは工場勤務している人に怒られますが、その時は工場なら勤めれるだろうと考えていました。

その中の1社の契約社員ですぐに決まりました。若いこともあって未経験でも行けましたね。大手企業の工場だったので、契約社員でも環境は良かった方だと思います。

そして大学中退して年の3月からその会社で働きました。

ワンワン
ワンワン
ハローワークに行ったことは人生経験として良かったと思います。ハローワークの職員さんは優しくて相談ものってくるしね。

工場での仕事

工場での仕事は生産系でした。いわゆる物を作る仕事ですね。大きな機械を使っての作業だったので大変でした。仕事を始めて最初の2ヶ月は夢で仕事の失敗を見て、夜中に起きてました。

初めての仕事だったので、緊張と疲れで精神的にやられていましたね。それでも2年間は勤めました。それができたのは周りの人間が良かったからというのがありました。

工場に勤めている人は基本的に高卒の人が多かったです。逆にそれは良かったなあと思います。変に肩を張らずに仕事ができました。それに大学中退についてもバカにするような発言も無かったです。会社の同年代の人達とご飯に行ったり、フットサルをしたりと楽しみました。

そのままうまくいけば良かったのですが、1年目の12月に機械で右手の人差し指を巻き込まれました。その時の怪我の状況は指が裂けて、骨が見えてました。

すぐに病院に行って30針ほど縫いました。治るのには2〜3ヶ月ほどかかりましたが、ほぼ完治はしました。やはり工場勤務は怪我が多いです。同時期に入った人の8割は怪我をしていました。

その怪我もあって、生産系から品質管理に移りました。品質管理は生産したものが汚れなどがないかチェックするところです。この部門に移ったことで怪我の心配がなく、体力的にも楽になったのですが、上司が問題ありの人でした。

問題ありの上司だったので、よく工場長に怒られていましたが。

怪我も治り、工場の品質管理で働き続けました。このまま働いて認められたら正社員になれるとも言われました。

周りの同年代とも仲良くしているし、このまま長く働いて正社員になろうかなという考えも少しはありましたが、どちらかというとこのままではダメだという考えての方が強かったです。

でも何をしたら良いかわからなかったから、色んな職業の本を読んだりしていました。そこで出会ったのがカーサブルータスの安藤忠雄特集でした。読んで建築士を目指すと決めた時でもありました。

そこからは夜間の専門学校の資料を取り寄せて、行く専門学校を決めました。ちなみに親には内緒で試験を受けて合格しました。

合格した結果を持っていけば、親も何も言わないだろうと思っての行動でした。そして工場をやめて、夜間の専門学校に2年間行きました。

ワンワン
ワンワン
まずは1歩を踏み出さないことには始まりません。将来がどうなるか分からいけど、勇気を持って進んでいけば道が開けます。

夜間の専門学校の2年間〜就職までの話はこちらを読んでください。

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